海風を想像しながら(男1 女2 40分)【演劇脚本】

短編(60分以内)

〈あらすじ〉

人々の記憶と共に、突然海がなくなった世界。そこから5000年ほど未来のお話。

海がない世界では雨が降らない。そして温暖化が深刻化している。人々は僅かな水分も逃さないよう巨大なドーム内で生活し、熱さを逃れるため居住区を地下に構える。海がない世界では『人が死ねば70%分の水分として還元される』と考える集団(反政府組織クモ)が現れ、虐殺が横行している。

そんな世界。

キント、メメ、ムックの三人は、とあるアパートの一室で「海があったころの世界」をテーマにした映画制作の打ち合わせをしている。その最中、3人がいる居住区に【クモ】が現れる。

死の恐怖が迫る中、3人はどのような行動をとるのだろうか。

〈登場人物〉

キント 28歳O型、男

メメ  28歳B型、女

ムック 28歳A型、女

〈舞台〉

とあるアパートの一室

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★パソコンダンス ※カット可

   三人の手にはパソコン

   コミカルでムーブメントに近いダンス

   ダンス終わり、三人の会話がはじまる

   不動産業を営むムックの父親が管理しているアパートの一室

   映画制作の打ち合わせのために集まった三人

   ムック、キント、パソコンに向かいつつ会話を交わす

   パコソンを手に、部屋を歩きまわるメメ

メメ「(部屋を)自由に使えるんです?いつでも?」

ムック「使えるんです。キレイに使えば問題ないと、父が言っていますから」

メメ「助かります。編集用のパソコン、ここに置いていきますね。家にいると両親がうるさいんで」

ムック「ご両親、厳しいんで?」

メメ「いえいえ、逆です。甘いんですよ」

キント「そりゃあ変だな。甘いのなら、自由にできるはずだが」

メメ「私のことが可愛いんですよ。だからずっと見てきますし、いちいち話しかけてくるんです。パソコンのことなんてわかりゃしないのに」

キント「可愛いじゃないですか」

メメ「嫌なわけじゃないんですがね、きっと進まないですよ。動画編集が」

ムック「それじゃあ困りますから、ここを使ってください。私もここで脚本書くつもりですよ」

キント「お二人とも随分ご立派な力があるようですが、私には何ができるんで?」

ムック「キントには知識がありますから。あなた何でも知っているでしょう?」

キント「どうでしょう。分かりませんが、ちなみにどんな映画を撮ろうとしてるんで?」

メメ「確かに、それは気になりますな」

ムック「海があったころのお話、ですよ」

メメ「海、ですか」

キント「なるほど。それならば、多少はお力になれるかもしれませんね」

メメ「お詳しいんで?」

ムック「かなりのもんですよ」

キント「いやいや、私の祖父が詳しくてね。それを小さい頃から聞いていただけですよ」

ムック「ぜひぜひ、詳しく聞きたいものです」

キント「何から話しましょう」

ムック「現代のドーム生活になるまでの歴史なんてどうでしょう」

メメ「ドームがなくてどうやって生きていたのか。想像もつきませんね。蒸発した水分はどうなるんでしょう」

ムック「まぁまぁ、順を追って聞きましょう」

メメ「それもそうですね」

キント「今から5000年ほど前です。人々の記憶と共に海が消されてしまったことは知っていますでしょうか」

メメ「学校で学びましたね。確か中学校で」

ムック「小学校ですよ」

メメ「そうでしたっけ。でもあなたが言うのならそうなんでしょうね。ご先生ですから」

ムック「ささ、続きを」

キント「一説にはエイリアンの侵略とされているんです」

ムック「ああ、どこかで聞いたことはあります」

キント「それが金星人の仕業ということは?」

ムック「それは知りませんでした。続きをお願いします」

キント「金星は灼熱地獄の星でございますが、かつては海があったんです。それが太陽からの紫外線によって、水素と酸素に分解され、宇宙空間に飛んでいったんです」

メメ「それで、代わりに地球の海を持っていったと…にわかに信じがたいですが、他に説明のしようがありませんからね」

ムック「非常に興味深いですね、その説使わせていただきますよ」

キント「ある日突然海を失いましたから、一番困ったのは【水】でしょうね」

ムック「でしょう」

メメ「でしょうな。随分少ない水分量でやりくりすることになりますから。ちなみに、海があったころはドームが無かったと聞きます。どうやって循環させてたんで?」

キント「雲です」

ムック「ですね」

メメ「くも、ですか」

キント「海の水が蒸発し、上空に雲ができる。ちょうど綿菓子のようなもんですよ」

ムック「資料で見たことがあります」

キント「その綿菓子がまた水になって地上に落ちる」

ムック「それが雨ですね」

キント「そう。良くご存じで」

★雨ダンス ※カット可

   袖から傘が飛んでくる

   傘を使ったダンス

   ダンス終わり、何事も無かったかのように会話が続く

メメ「雲とは便利なものだったんですね」

キント「今は雲がない代わりに、ドームがあります。地上の水分を逃さず、効率良く循環させるためですね」

メメ「そういうことだったんですね。…ところで」

キント「はい」

メメ「ひょっとして、クモというのは雲が由来になったということでしょうか」

ムック「ややこしい言い方をするもんだな、君は」

メメ「すみません。反政府組織クモのことですよ」

キント「メメさんのおっしゃる通りです。空に浮かんでいた雲も、人を虐殺するクモという組織も、地上に水分を循環させるためのものですから」

ムック「皮肉なもんですね」

キント「人間の70%は水分ですからね」

メメ「それは分かりますが、あまりにも酷い」

ムック「貴重な水分です。人の形をした容器に蓄えておくよりも、それこそ、地球に【還元】したほうが良いというのも分かりますが」

メメ「【還元】だなんて、あんな集団が使う言葉を使わない方がいい。あれは単なる虐殺ですよ。それとも、あなたはクモの一員ですか?」

ムック「話は最後まで良く聞くもんだな。一理あるが、やり方が良くないと言おうとしたんですよ」

メメ「そいつは失敬。しかし、一理あるという言葉もどうかと思うのです。人の命を奪う理由に、一理二理もないのです。道理なんてあってたまりますか」

   メメとムック睨みあう

   キントが静かに話し出す 

キント「私はいま、母親と二人暮らしでございますが、5年前まで父がおりましてね」

メメ「急にどうなすったんで?」

ムック「まぁまぁ、とりあえず聞きましょう」

キント「父は長年、病気で苦しんでおりまして。薬で何とか誤魔化していたんです。いや、誤魔化していただなんて言葉が悪い。戦っていたんです。父も家族も。しかし、ある時私自身が重い病になりまして」

メメ「へぇ、どんな病で」

キント「疱疹が全身にできましてね。そりゃあ酷いもんでした。身体中が焼けつくような、電気が走るような。四六時中痛みがありましたので、眠ることもできず。食事はおろか、水分を口に含むこともままなりませんでした」

メメ「まさか口の中にも疱疹が?」

キント「ええ、そこいら中にびっしりと」

ムック「それはそれは」

キント「これがずっと続くかと思うと、いっそのこと楽になりたいと考えるようにもなりました」

メメ「それはそうでしょうなぁ」

キント「その後私の病は治ったんですがね、ふと思ったんです。父はどうなんだろうと。私なんかよりもずっと重い病でしたし、ずっと長い間苦しんでおりましたから」

メメ「なるほど…そうでしたか」

キント「父を交えて、家族で話し合いをしました。その時初めて、父が【どうしたいのか】知ることができたんです。だから…」

メメ「それ以上はおやめになすって。十分わかりましたから。確かにあなたやご家族の決断には道理があります」

メメ「ムック、先程は少し大袈裟に反応してしまったようです。申し訳ない」

ムック「私こそ、少々言葉が強かったと思います。大変お恥ずかしい。クモの活動には全くもって同意できかねますので、その点は信じてください」

メメ「それは分かっているのです。大丈夫です」

ムック「握手でもしましょうか」

メメ「しましょうか」

   メメ、ムック、握手を交わす

キント「私たち、とても良い仲間だと思いませんか」

メメ「急に、なんですか」

キント「良い映画を作りましょう」

ムック「そうですね。そうしましょう」

キント「さて、他に知りたいことはありますか?」

ムック「そうですね。首長竜についてお願いします」

キント「ええ」

ムック「首長竜は何億年もの間、ずっと海底に住んでいたというのは本当でしょうか」

キント「住んでいたというより、隠れていたと言ったほうがよいでしょう」

メメ「なぜ隠れる必要があったのでしょう、あんなに強いのに。人が束になっても敵わないはずですよ」

キント「大昔にはもっと強くて、もっと大きな生き物がいたってことです」

メメ「それは分かりますが、大きな恐竜が滅びた後も隠れていた理由が知りたいんです」

キント「海があった頃の、首長竜の気持ちになってみましょう」

ムック「なってみましょうか」

メメ「なれるでしょうか」

キント「やってみましょう」

★首長竜体操

   3人、首長竜になる為の体操を行う

   体操が終わり、首長竜になる

   首を長くし、手で水をかくような仕草

ムック「海底は平和ですね」

メメ「平和は平和です」

キント「おや、何かありそうですね」

メメ「海底は平和ですが、私の心は穏やかではないのです」

ムック「理由を言いたげですな」

メメ「そうでもないのです」

キント「話してごらんなさい。悩みなんてものは、大抵どこかに留まって腐ってしまっているものなんだ。話すことでどこかに流れていくでしょう」

メメ「陸に、婚約者があるんです」

ムック「離れ離れ、ということですか」

メメ「はい」

キント「勇敢に戦っているということですか」

メメ「それは分かりませんが、恐らく私を探しているのではないかと思うのです。そういう性分なんです」

ムック「なるほど、それは気の毒ですが諦めるしかないでしょう。やつらは強すぎます」

メメ「それは分かるのです。私は待つことしかできない」

キント「はい、首を長くして待ちましょう」

   一瞬人に戻る

ムック「今のはちょっと、どうかと思いますよ」

メメ「茶化された気分になりました」

キント「これは反省するべきですね」

ムック「そうしてください」

   再び首長竜になる

メメ「とにかく、私は待つのです。何年も、何年も、何年も…」

   人に戻る

メメ「そうやって、首長竜は何億年も海底に隠れていたんですね」

ムック「絶対に違うと思います」

メメ「そうですか」

ムック「きっと、陸上の恐竜が滅んだことに、何億年も気が付かなかったのでしょう」

キント「海の深さの平均は5000mほどでしたが、200mを越えれば太陽の光は届きません。要は真っ暗闇なんです。だから気付かなくても不思議ではありません」

ムック「真っ暗闇…それはなんだか、怖いですね」

メメ「でも、敵がいないのなら気楽で良さそうです」

キント「そうでもありませんよ」

メメ「ほほう」

ムック「今度は何を教えてくれるんです。さぁ、もったいぶらないで話してください」

キント「深い海、例えば5000mの水深だとします。そこには約500気圧、つまり1平方cmに500kgもの圧がかかる。これはつまり、小指の爪にジャイアントパンダが4頭乗るくらいの圧力なんです」

メメ「ほほう」

メメ「ジャイアントパンダがね」

ムック「そうなんですなぁ」

   間

ムック「皆さん。具体的で分かりやすい説明なのに、いまいちピンとこない理由について考えてみませんか」

キント「考えてみましょうか」

メメ「私もちょうど思っていたところですが、つまるところ、小指の爪にジャイアントパンダが4頭乗るのは無理だから、ではないでしょうか」

キント「いや」

   キント、立ち上がる

キント「小指の爪にジャイアントパンダ4頭が乗れることを証明しましょう」

メメ「はい」

キント「まずは1頭、小指の爪に乗ります」

ムック「そこまでは何とか想像できますね」

キント「そして、もう1頭が先程のジャイアントパンダの上に乗ります」

ムック「キントさん」

キント「はい」

ムック「2頭目のジャイアントパンダは、小指の爪ではなく、1頭目のジャイアントパンダに乗っているじゃあないですか」

メメ「あっ」

キント「なんと…」

   キント、座る

ムック「…これは一体、何の話でしょうか」

メメ「すぐにやめましょう」

   SE:サイレン音

ムック「ひっ」

キント「やや」

メメ「警報ですか」

ムック「首長竜、ですね」

メメ「最近また多いですね」

ムック「エサになる生物が減っているようですね。海底には天敵がいませんから。首長竜ばかり増えていくんです」

メメ「なんだか気の毒ですね。だからといって食べられてあげるわけにもいきませんが」

ムック「軍隊も忙しくなるでしょうなぁ」

   SE:メメの通信機器が鳴る

メメ「どうしました?…はい、今打ち合わせ中ですよ。…………それは本当でしょうか。……はい、分かりました。どうかご無事で」

   通信を終える

キント「何かありましたか?」

メメ「クモです」

ムック「え?」

メメ「クモがこのドームに」

キント「ついに来てしまいましたか」

ムック「そんな…」

メメ「私、行きますね」

キント「どこに」

メメ「電話の相手と合流するんです」

キント「今は危ないです」

メメ「ここいても安全ではないはず」

ムック「いえ、ここにいれば安全でしょう」

キント「なぜです?」

ムック「クモはある意味、無差別に虐殺しているわけではないのです。各地区の居住データをもとに、独自の基準で選別しているんです。そして、この部屋は空き部屋として登録されているわけですから、大丈夫なんです。ここには来ない」

キント「なるほど、この一角がターゲットになったとしても、この部屋にはこないということですね」

メメ「だとするなら、尚のこと私は行く」

   メメ、行こうとする

   キントに止められる

キント「尚のこととは、何か訳がありそうですね。とりあえず聞きましょうか」

メメ「婚約者があるんです。電話の相手がそうです。彼をこの部屋に連れてきます。だって、ここは安全なんでしょう?」

キント「本当に婚約者があったのですか」

ムック「すぐにやめるんですそんなことは、とてもくだらない」

メメ「くだらない。あなたはくだらないと言いましたか。愛する人を救うことの、どこがくだらないというのですか?あなたは愛を知っていますか?…あるとき彼に聞いたんです。私のどこが好きなんですか?と。そしたら何て言ったと思いますか。何となく、と言ったんです。何となく、わかりますか?何となく…なんて素晴らしいんでしょう。あなたには、何となくの素晴らしさが分からないでしょう。ええ分かるはずもありません。理由はない、でも好き。これが本当の愛なんです。もし、好きに理由があったら?優しいから好き、可愛いから好き、夢をもって頑張る姿が好き、料理が得意なのが好き。それならば、優しくなれなくなったら、可愛くなくなったら、夢を諦めたら、料理が嫌いになったら、そうなったら愛せなくなるのですか?それに比べてどうですか、何となく好き。これは、私がどうなっても愛してくれるという宣言なんです。私はそれを聞いて結婚を決めたんです」

ムック「…何の話だか良く分からなくなりましたが…とにかく、愛がくだらないと言うわけではないのです。あなたの自分勝手な行動により、この部屋の存在が明らかになってしまうこともある。そう言いたいのです」

キント「それもそうですが、それよりもあなたの危険を心配しているんです、僕は」

メメ「私が危険なら、向こうも危険だということ。キントには申し訳ないですが、それは私がこの部屋を出る理由にしかなりませんよ」

キント「確かにあなたの気持ちも分からないでもないですが…。私だって、すぐにでも母のもとに向かいたいのだから」

ムック「私の命はどうなんでしょう。私の命の長さを決めるのは私自身であるべきです。あなたたちの勝手なお気持ちは関係ないのです。それを聞いても、まだ人殺しを考えるんで?」

メメ「人殺しとは少々大袈裟に言いますね」

キント「ムックの気持ちも十分にわかるのです。だから一旦落ち着いて話しましょう」

   キント、ムックを制しようとするが、頬を叩かれる

ムック「私を制するのをやめなさい」

キント「なんて酷いことを。こりゃ痛い」

ムック「あいにく、私には大切な人などないのです。私の命が大事なんです。あなたは他人のために死のうとすることを美学とお考えなのでしょうが、それなら私のために死んではどうですか、この場で」

メメ「妬む気持ちも分かりますが、それはご自分の性根の悪さが原因でしょう。今だってそうです。なぜキントが殴られるんです。それに、さっきから酷く汚い言葉を使っている」

キント「お二人とも」

ムック「妬むとおっしゃいましたか。そうですか。なぜ私が妬むのでしょう」

メメ「もういい、もう分かりました。それならばこの部屋にはもう戻りません。私一人で出てゆくのなら問題はないでしょう。ごきげんよう、さようなら我が友よ。お二人に幸がありますように」

   SE:外の廊下を歩く音がする

メメ「え…」

   SE:隣の部屋のドアがノックされる音

ムック「ひっ…」

キント「大丈夫、隣の部屋のようです」

   SE:隣の部屋のドアが開く音

   SE:住民が連れていかれる声

   ムック、悲鳴を上げそうになるが、キントが抑える

   SE:隣の部屋のドアが閉まる音

   SE:廊下を反対側に歩いていく音

キント「…一旦、座りましょう」

メメ「そうですね」

   3人、座る

メメ「これ、現実なんでしょうか…」

   重たい沈黙

メメ「この部屋は大丈夫なんですよね」

ムック「反対に行ったようですから」

メメ「突き当たりの部屋まで行ったら、また戻ってくるかもしれませんよ」

ムック「戻ってくるとは思いますが、この部屋は空き部屋登録されていますから」

メメ「通りすぎると?そう上手く行くでしょうか」

ムック「さっきからあなたは何ですか、私に言われても困りますよ」

キント「騒いでも仕方ありませんから、待ちましょう」

   長い沈黙

ムック「命は…重いものです」

キント「そうでしょうとも」

ムック「誰の命も重い。それはあなた(メメ)の婚約者にもいえますね」

メメ「ありがとう。どの命も重いですが、大事な命とそうでない命があるのは仕方がないこと。私もそうですよ。先程はすみません」

ムック「違うのです。私はなにも、個人の視点から言っているのではないのです。この世界全体で考えたとき、人の命は平等だということなんです。いえ、全く同じとは言いませんが、紙一重なんです。僅かな差なんです」

キント「そうでしょうとも」

メメ「だから私はクモが許せません。なぜ彼らに人を裁く権利があるのでしょう。地球のためだとか綺麗事を並べるのなら、自分たちも還元の対象になるべきです」

キント「還元する側がいなくなったら地球が滅びる。ということなのでしょう」

メメ「命の平等ってなんでしょうね」

キント「誰の手も入らず、自然に老いて自然に死んでいくことではないでしょうか。しかしこの世界においては、誰かが生きることで、他の誰かの命を削る。平等に生きるというのは、平等に命を削るということでもあるのでしょう。海がある世界では、誰しも生を全うできたのでしょうね」

メメ「どうなんでしょう。誰の生を削ることもなく、自らの生を全うできる。そんな世界があるのなら…」

キント「そう信じても良いではないですか」

メメ「それもそうですね。命は平等であるべきです。我々3人の命も。そう考えれば、先程の私の行動は大変恥ずべきものです。危うくお二人の命を削ってしまうところでした」

ムック「そう、平等なんです。誰が死んでも、70%が水分になって地球に還元される。個体差はありますが誤差の程度。そう、それだけ。この世界では、所詮我々の命など水分と同じなんです…畜生、先に謝らせてください。そして、あえて畜生といわせてください。畜生、畜生、畜生……小学校にあがったばかりの頃です。学校が終わってうちに帰ると、テーブルの上には必ず1枚の紙がありまして、その上に500円玉があるんです。わざわざ、色鉛筆で丸く囲った中に500円玉が置いてある。ああ、花丸だったかもしれませんね。ムック、おかえり。これでお菓子を買ってね、と母のメッセージがあって。それを見ると、胸がジーンと熱くなるんです。何故か涙が出そうになるんです。ある日、その500円を駄菓子屋のくだらないクジに使ってしまって…その時の喪失感、今思い出しても心が締め付けられます。その日以来、母の500円玉が使えなくて、何か箱のようなものに貯めていたんです。そして、かなりの額になった500円玉。中学二年の時、欲しかったワンピースを買うのに使いました。買った瞬間から罪悪感が押し寄せて、なんなんだこれは、悪いことをしたわけでもないのに…と、当時は思ったわけです。今なら分かります。その500円玉は、私にとって母の愛そのものだったんです。きっと母は、私がお菓子を買って笑顔で食べる姿を想像しながら、テーブルの上に500円玉を置いたんです。私はそれを裏切った。…なんで急にこんなことを思い出すんでしょう、自分でも不思議ですよ。小さいなりに、泣いたり笑ったり後悔したり…一生懸命ここまで歩いてきました。沢山の思い出だって詰まっています。それなのにどうですか、私の今までの軌跡は、たった70%の水分と同等なんでしょうか。そんな馬鹿な話がありますか」

キント「そうですとも、そんな馬鹿な話はないのです。あなたには、お母様の愛はもちろん、何にも変えられない思い出が詰まっている。これまでの軌跡が刻まれている。命は平等とは言いましたが、同じ命など存在しないのです。一人ひとりの命はかけがえのないもの。そうでしょう、あなたは生きるべきなんだ」

メメ「そうですよ。共に生きましょう。この逆境を乗り越えるんですよ」

   ムックの表情がなくなる

ムック「共にですか。どのように?」

メメ「今はじっと待つことでしょう」

ムック「もしこの部屋のドアがノックされたら?」

メメ「それでもじっと待つのです」

ムック「ドアを蹴破られたら?」

メメ「それは」

ムック「平等に死にますか。3人共に。命は平等ですからね」

キント「あなた、どうかしたのですか」

メメ「わざわざ3人死ぬことはないでしょう」

ムック「でしたら、ドアがノックされたらメメが出てください。そして中には誰もいないと説明するんです。蹴破られてしまったら終わりですからね。ノックされた時点で行動するんです」

メメ「なぜ私なんですか。それに、私は話が下手ですから、上手に嘘なんてつけません。ムックこそ向いていますよ、ご先生ですから。いつも生徒に言って聞かせるように話したらいいんです」

ムック「教育者だからこそ、この国の未来のためには生き残るべきなんです。あなたの代わりはいくらでもいるでしょう」

キント「そうなれば、私が出ましょう」

   一瞬の静寂

ムック「…そうですか。確かに、キントでしたら弁もたちますから。…それに男ですし」

メメ「男というのは何が関係するんです」

ムック「何かと、その方が都合が良いでしょう…」

メメ「まぁいいです。でもキントにも母親がいるでしょう。簡単に死のうとするもんじゃありませんよ。まだノックされると決まったわけじゃあないですが」

キント「おっしゃる通りではございますが。お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」

ムック「(メメに)あなた何がしたいんで?本人がいいと言っているんです。自分の命の長さは自分で決めるんです。他人が手を入れるべきじゃあない」

キント「本当にお気になさらず」

メメ「ダメですよ。母親を大切にした方がいい。…そうだ、そうですよ、私の場合婚約者があるんです。それじゃあ死ねませんよ。そうだ、ムックには大切な人はいないとおっしゃっていましたね」

ムック「ありますよ、私にだって。そうです、私も父が大切です。この部屋を与えてくれるほど愛されていますからね」

メメ「クモがやってきたと分かったとき、私はすぐに婚約者の元に行こうとしました。キントの口からも母親の名前が出ましたね。でもあなたはどうです?ずっと自分が助かることしか考えていない。一度でも父親を案ずる声が出ましたか」

キント「口に出してはいませんが、だからといって大切に思っていないとも限らないでしょう。ムックさん自身が生き残ることが、お父様の一番の望みかもしれませんし」

メメ「(キントに)あなた何がしたいんで?なぜわざわざ死のうとするんです」

ムック「また手を入れようとする」

キント「3人揃って死ぬことはないでしょう」

ムック「その通りでございます」

キント「同意いただきありがとうございます」

メメ「これは果たしてどんな状況ですか。なぜ2対1になっているのでしょう」

ムック「待ってください。3人揃って死ぬことには皆さん反対なのでしょう?」

メメ「それはそうです」

キント「私も同じです」

ムック「それみたことか、結局3人の意見は同じなんです。矛盾しているのは誰ですか、わがままを言っているのは誰ですか」

メメ「わがまま、ですか。ははははははは、まさか、はは、なんだこの状況は」

キント「良い映画、作りましょう」

ムック、メメ「え?」

キント「ムックが脚本と監督、メメがカメラマンと動画編集」

メメ「えっと」

キント「お二人ならきっと良い映画ができます。そして、この世界にとって重要な作品になるでしょう」

メメ「だから、自分が死ぬと?」

キント「死にたくはありません。でも、この中の誰かが…というのなら、それは私なんです。先程ムックさんが畜生と言いました。畜生とは人外のことですが、つまるところ、ケダモノとしての意味合いが強いでしょう。この世界はケダモノだらけです。そんな畜生な世界なんです。これは人間が悪いわけではない。海のないこの世界が作り出したんです。だから二人の作る映画には価値がある。世の畜生に、海があった世界を見せてあげてください」

メメ「そのためには、もう少しあなたの知識が必要です。だから…」

キント「話します。もちろん話します。あのドアがノックされるまで。でも、その先はお二人にしか出来ないんです」

メメ「……」

ムック「私の中にもケダモノがおります、きっと。それもこの世界が作り出したものでしょうか」

キント「もちろんです。海のない世界がそうさせるんです。あなたは何も悪くない。恨みもしません。…あなたは親友ですから」

   間

キント「私たちは、久しぶりにこうやって顔を揃えるわけですが。昔からこんな感じだった気がしますね」

メメ「確かにそうですな。三人揃うのは上級学校を卒業して以来でしょうか。皆さん当時と変わらないです。ムックと私はいつも喧嘩していましたね。単細胞な私と、繊細なムックでは、相性が悪いに決まっていますから」

ムック「はっきり言うもんですね」

キント「でも、お二人は仲が良いでしょう?」

ムック「どうでしょう」

メメ「こちらこそ」

   ムック、メメ、少し顔がほころぶ

メメ「キントがいるから、安心して喧嘩していたのかもしれません」

ムック「なるほど、確かにそれはありますな」

キント「喜んで良いのか分かりませんが、なるほど、役割があるのは嬉しいことかもしれませんね」

ムック「映画、やはり三人で作りたいです」

キント「作りましょう。大丈夫です。この部屋はノックされない」

メメ「そうですね。このまま待ちましょう」

ムック「ずっと、話していたいです。学生だったころのように」

   各々、学生時代を思い出す

   BGM:穏やかでノスタルジックな曲

キント「…続きの話をしましょうか。海から吹く、海風の仕組みなんてどうですか?」

メメ「海風ですか、何だかとても気持ちが良さそうです」

ムック「海を見たことはないですが、海風には爽やかな印象を受けますね」

キント「はい。微かに磯の香りがして、とても気持ちの良い風だったと聞きますが」

ムック「磯の香り…とはどんなものでしょうか」

メメ「海には塩があったと聞きますので、塩の香りでしょう?」

ムック「塩、ですか。塩に香りなどありましたかな」

キント「塩は無臭なのです。…磯の香りの正体は……敢えて言わないでおきましょう」

メメ「気になるじゃあありませんか」

キント「とにかく、とても爽やかで、何故か懐かしい気持ちになると聞いています」

ムック「海風とは、不思議なものですね」

キント「不思議なものです」

メメ「感じてみたいものですね、海風というものを」

   その後も三人の会話は続いていく

   BGM、ボリュームアップ

   照明、ゆっくり落ちていく

   終

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