〈あらすじ〉
「あの子」からかけられた魔法により、時と場所を選ばず急に眠ってしまうようになる紡。
仲が良かった「男の子」との進展も、いつも「眠り」が邪魔をする。時々夢に現れる「あの子」の存在も彼女を苦しめた。
それから数年の時を経て、紡は王子さまの口づけにより、眠りの魔法から目覚める。
彼女を救った王子さまとは一体。
また、魔法が解けた紡と「男の子」の恋の行方はいかに。
〈登場人物〉
紡 大学4年生
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シーン①〈魔法〉
夢と現実の間
卒業式の後 手紙を交換しました
クラス全員 といってもたったの13人
仲良かったんです 小学校から同じメンバーだったので
最後には「魔法」を書くことになっていて 皆から一つずつ「魔法」をかけてもらえるんです
言霊を信じているわけではありませんし ましてや魔法だなんて
でも気持ちが前向きになるんだから それはやっぱり魔法だなって思ったり
そんな気持ちのまま 最後に「あの子」の手紙の封を開けました
手紙の封を開ける
仕込まれた針で指を刺す
痛い
何かが刺さった
反射的にあの子の顔が浮かぶ 表情は良く分からない
指先を見つめる
一瞬 自分の手じゃないような感覚
滲むものを眺めながら考える 考える
間違いない 私の手だ
穴の空いた指先は向こう側が見えそうで
どす黒い何かが私を伝ったが
そんなことよりも私は 指の裏側が気になった
痛い
再び痛みを感じるのと同時に 少しだけ冷静さを取り戻す
手紙を開く
手紙にはこう書かれていました
「あなたは針に刺され 100年眠り続けるだろう」
なんで なんで私が
力が抜けていく
まるでシャワーのようでした
洗い流されていくんです つむじから つまさきまで 徐々に
急に怖くなる
助けて
眠ってしまう
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シーン②〈眠る〉
夢の中
眠るのは好き
でも 眠る瞬間はちょっと怖い
ベッドの下に穴があいて落ちていくような そんな感覚
どこまでも どこまでも 落ちていく
行き着くところは明るくて 柔らかくて
淡い水彩画のような 優しい世界
眩しいんだけど ぜんぜん眩しくなくて ポカポカあったかい
お砂糖の匂いがして
口に入れていないのに甘くて 甘くて
ごくんと飲み込んで幸せな気持ちになる
なのに 眠る瞬間は怖い
目を覚ます
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シーン③〈男の子〉
昔を思い出す
15歳のときから 急に眠ってしまうようになりました
寝ちゃいけないときも そうでないときも 関係なく
眠っているときは必ず夢を見ます
決まって中学時代の思い出
鮮明すぎて 楽しかったり残酷だったり
でも だんだん曖昧になっていくような 不思議な感覚
田舎で育ったので とても小さな学校に通っていました
一番仲が良かった男の子 毎日一緒に登下校して
小学校からずっとそうでしたから 当たり前の日常
春は田んぼで寄り道したり
夏は小さな川に葉っぱを流しながら歩いたり
秋は落ち葉を踏む音が楽しくて
冬は風と競争するように 2人で走った
中学に入ってからは 当然そんなことしませんよ
何して歩いたのかな
多分他愛のないことを話した 沢山 沢山
毎年同じ季節を感じていると気づかないものですね
私たちはちょっとずつ大人になっていました
まわりからは「2人は付き合わないの?」なんて言われるんですが
それが嬉しくて
彼を好きだったのかと言われると 多分違うんだと思います
とにかく そう言われるのが嬉しかった そんな思い出
急な眠気に襲われる
また来た
眠ってしまう
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シーン④〈あの子〉
夢の中
同じクラスにはあの子もいた
私に眠りの魔法をかけた「あの子」
彼女は色をなくす
でも赤だけは鮮やかで 粘り気のある空気
錆びたにおい
彼女 小学校のころは割と勉強も出来て しっかりしていて 声が大きくて
顔にほくろが多かったので男子にからかわれることもあったけど
口喧嘩も強かったから返り討ちにしていて
本当に強い子だった
でもそういう子は無理をしている そんなの当たり前だ
今なら分かる
目を覚ます
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シーン⑤〈男の子〉
高校1年の夏
夜の公園
高校生になり 男の子に恋人が出来ました
突然報告を受けて何だか照れくさかった そんな記憶
彼女とは喧嘩が多いようで 愚痴をたくさん聞いたんです
近くの公園で良く話しました
結局わたしが一番の理解者のようで ちょっとした優越感
ブランコに座る
夜の公園は少し寒かった 私は震える声を隠しながら話す
時折 遊具の軋む音が響き
その度 心をぎゅっと握られた
強く 不器用に
間
ふと無言になると 彼の目線を感じる
「寒い?」と聞かれた
「寒くないよ」と返す
「本当は寒いでしょ?」と言われたので
「ちょっと眠いだけ」とごまかし
「でも大丈夫」と重ねる
間
また無言になった
焦って何か言おうとするけど頭が真っ白で 何となくブランコを揺らしてみる
「本当は寒いんでしょ?こんな時間だしさ…」
ああ ついにこの時がきた
こわばった心が弛緩していくのを感じる
言葉が出ず ただ無気力に頷くしかなかった
「何か掛けるもの持ってくるから 待ってて」
そうか
一瞬理解が追い付かなかったが
小走りに去っていく彼の背中を見送ったころ 初めて月の明るさを感じる
お月さま もう少しだけそこに居てください
眠気を感じる
来た
待って
もう少し
眠ってしまう
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シーン⑥〈あの子〉
夢の中
あの子
中学一年の頃 あの子は居場所をなくす
男子とあれだけやりあっていた彼女が ある時いとも簡単に折れてしまった
その日は顔を真っ赤にし とうとう泣き崩れてしまったのだ
彼女はそのまま家に帰り 翌日も学校を休む
その次の日も 次の日も 次の日も
男子は強がり 女子は少し同情する
あの子は居場所をなくした
彼女はなぜ泣き崩れたのか 今なら分かる
大人になっていく自分への戸惑い 何も間違っていないのに
目を覚ます
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シーン⑦〈デート〉
高校3年の冬
自宅
「次の日曜 デートしよう」
誘われた
行く大学が決まったって 電話をくれて
おめでとう 良かったね お家は決まった?
そんな話してたのに
思い出して笑う
わざわざデートなんて言うから 笑っちゃった 今まで散々2人で遊んだのに
よし デートしてやるか
しばらく会えないし ちゃんとお洒落していくから
頑張ってくださいね
眠気に襲われる
行かなきゃ
眠ってしまう
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シーン⑧〈あの子〉
夢の中
あの子
中学二年の新学期 あの子が急に学校に来る
彼女の顔には強い決意が溢れていて まるで何かと戦っているようだった
怯えているような そんな風にも見えて
怖かった ごめんね 怖かったんだよ
仲間外れにして ごめん
目を覚ます
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シーン⑨〈王子さま〉
大学3年
中学の同級生の部屋
同窓会のあと 数人で友達の家に行ったんです
お互いの大学のこと 就活のこと 恋愛のこと
いろいろ話しました
そして 思い切ってあの子の話題を出してみる
中学まで一緒だった「あの子」
あの子
何かを考える
名前なんだっけ
夢にも出るくらい 鮮明に覚えているのに
皆も知らないと言うので 卒業アルバムで確認してみる
本当だ 確かに「あの子」はいない
混乱した
パレットに 様々な絵の具が大量に並ぶ そんな感覚
それを懸命に混ぜた
一心不乱に混ぜた
1つの色になるにつれ 眠気がやってくる
眠気が襲う
怖くない 眠りに落ちるのが怖くない
意識がなくなっていく中 周囲の声が楽しくて 心地よくて
いばらの檻から解き放たれたような
まだ整理はつかないけど そんなことはどうでも良い
なぜか安心感が勝ったんです
眠る
深く 深く眠りました
目をとじたまま話す
どのくらい眠った後でしょうか
まぶた越しに 部屋の静寂を感じる
冷蔵庫のモーター音
パキッという 何かの音
新聞配達のバイク
誰かが寝返り 布団が擦れる
目の前で呼吸を感じる
キスをされました
その一瞬 呼吸が止まる
ごまかすように仰向けになり 天井に向かいゆっくり息を吐く
目が合ってしまったら 何か言わなければ
目が合ったら何を言えば良い
分からない
分からないけど 何かが変わってしまいそうな そんな予感
このままでいよう
私は 眠ったふりをしました
目を覚ます
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シーン⑩〈あいつ〉
その日を境に 私は100年の眠りから目覚めました
王子さまは誰だったんでしょう
知りたいような 知ったらまた眠ってしまいそうな
そんな気もしている
でも 私に魔法をかけた「あの子」はいないんです
魔女もいばらも 消え去った
それなのに
今ごろ何してるのかな
私も魔法 かけたのに
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終



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