〈あらすじ〉
ロシアには「熊」という単語がない。縁起が悪いという理由で皆が口にしなくなった結果、長年の月日を経て「存在しない言葉」になったのだ。そして、とある女はこう思った。「オヤスミという言葉も、この世から消えれば良いのに」と。
〈登場人物〉
女
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある朝
ベッドに座る女
隣では男が横になっている
拝啓
目覚めたときには 明らかに終わっていて
助けを呼ぶでもなく
ただただ 頭を撫でる
何となくテレビをつけてみる
今日も外では鳥が鳴いてるし
占いのラッキーアイテムは 季節外れのサンダルだ
相変わらず太陽系第三惑星だし
世界全体でみれば平和とは限らないけど
どうせ日本国は平和で
今日も愚民どもは
どうでも良いことでむきになって
薄汚ねぇ顔で笑い
安い涙を流して
くそみたいな愛を語り合っている
どうせ変わらない日常なんだろ
想像の中のやつらは みんなアホ面してて
そんな完全なる非国民を
目の前の現実で切り裂いてやりたいと 思ったわけです
国王は私なんだよ 全員不幸になりやがれ
ばかやろう
敬具
いちいちバイバイなんてしたから
そう 結局はバイバイってことじゃん
何故かあのときだけ
あのときだけなのに
いつも通り 大人しく寝れば良かった
第六感なんて信じてないけど
でも確かにあのときはいつもと違った
何であんな言葉を投げた
そんなの関係ない
頭では分かってるけど
胸の裏側では今にもドアが蹴破られそうで
必死に手で抑える
頬に触れながら そっと声をかけてみるけど
独り言みたいになるのが恥ずかしくて よそよそしくなる
まるで他人だ
そんな自分を「薄情なやつだ」なんて考える余裕があることに気づき
少し怖くなった
自分が怖い
誰やねん
お前 誰やねん!
AとBを演じる
A ねーねー
B なになにー
A この間動物園行ったんだー
B そうなんだねー
A そしたらさー
B うんうん
A 熊がねー
B あーいっけないんだー
A なになにー
B それ 言っちゃいけないんだよー
A なんでー
B その動物の名前を言うと その動物が来ちゃうからだよー
A 来ないよー
B 来るよー お母さんがそう言ってたもん
A じゃあ言わないようにするー
以上 茶番でした
でも実際に ロシアでは「熊」という単語を使わなくなって
代わりに「ハチミツを食べるもの」という隠語が使われるようになる
日本国にも 夜にネズミの話をするとネズミが出る
なんて迷信があるみたいだけど いわゆるそれ系のやつ
非常にくだらねぇ けど
長い年月を経て
いつの間にか「熊」という単語は人々の記憶から消えた
今では誰も知らない
誰も知らないってマジ?
嘘みたいだけど 本当にあった怖い話 おそロシア
言葉が消えることなんてあるんだ
ちょっと羨ましい なんて考える 今の私
やっぱり冷静だな
だから余計に怖い
…助けて
分かるよ ほんとは分かってる
きっとこの後 ドアは開けられてしまう
破られてしまう
そしたら終わり
アホな顔した愚民どもが土足で踏み荒らし
平和な日常が私を苦しめる
あんな言葉 使わなければ良かった
男に言葉を投げる
もう言わないよ
こんなの禁止にしちゃうから
私が国王なんだし 大丈夫
みんなも忘れる
無かったことになる
だから
ねえ
男の頬を撫でる
おはよう
おはよう
返事はない
終



コメント